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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
「もう大丈夫だよ。酌いでくれ、おれは飲む、飲んで勇気づける」
「そうですともさ、何も、一人でする仕事じゃなし、部屋の乾分で寝込みを取りまいてしまえば、お前さんが手を下すことはありゃしないのに」
「いや、おれだって、和歌山にいた頃は、藩の指南へ通って相当に竹刀ダコをこしらえたものだが、ただ、あいつは苦手だよ」
「苦手と考えるからいけないのさ。私なども、長脇差の斬り込みを幾度も見ているけれど、みんな、腕におぼえがあるんじゃなし、度胸一つの仕事じゃないの」
女に力をつけられて、賛之丞はだいぶ気強くなったらしい、いちど真っ蒼にさめた顔に、赤い色がさして来た。
「そうかなあ、やっぱり気持のものかしら」強いてお稲に笑って見せて、
「後で、落着いて考えると、自分でもふしぎでしようがないが、あいつのよく吹く、陰気な笛を聞くと、おれはどう怺えても、ガタガタぶるいが止められないのだ。……お稲、おまえも愛想がつきやしないか」
「仰っしゃいよ、この人は!」
いきなり、抱きあまるほど豊満なふところへ、男の体をひきよせると、お稲は爛れたように朱い唇を、自分の腕に仰向いた賛之丞の顔へ激しく強いて、