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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens

Aozora Bunko

はらちがい

「つまらない愚痴を申しあげました」

「だが、年に八十両ずつ返しても、十年以上かかる。これから先、どうするつもりだい」

「父が丈夫なうちは、堂島へ出て、米商いをしていましたが、それも、相場に焦心って、資本も子も失くしたうえ、あの重病でございますから、これから先は、私が、芸妓にでもなって一心に、働けるだけ働くつもりでございます」

「じょ、じょうだんいっちゃ、いけねえ」

と、お喜乃の世間知らずに呆れたが、決して嗤う気にはなれなかった。

「芸妓をして、千両稼ぐうちには、おまえさんが婆になる。――ま、とにかく、家へ帰って考えなせえ。そして、この金は、さっきいったとおり、俺の手から、先へ、返してやろう」

「でも、他人様の手からでは」

「おれを、疑うのかい」

「そんなことはございませんが」

「じゃ、心配しねえで、預けなせえ。こう見えても――」と、いいかけたが、治郎吉は気がさして、きれいなことがいえなかった。

寒い。いやに、背すじが寒い。

往来を斜めに切って、向う側から、振り顧ると、路地のかどに、白い顔が、まだ立っていた。

はらちがい

窓の戸を閉めようとした時、お喜乃の足の指に、二包の金が触った。