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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens

Aozora Bunko

十一

「へえ、銀歯がありますか……」と、百は息をはずませて、何か、うつつに、

「じゃ、この右の眼じりにも、大きな黒子がありゃしませんか」

「おまえ、よく知ってるね」

「げッ。じゃ確かに、小稲のここには、黒子があるんで」

「それが、淫婦の相だと、誰かがいったことがある」

「ちッ、畜生ッ!」

百は、膝を埋めている鋳物槌のかますを、八方へと、蹴とばして、おどり立ちながら、

「――お嬢さん、お師匠様によろしく」

「あっ、おまえ、そんな怖い顔をして、急にどこへ」

「お情けに甘えて、百は、逃げますぜ。――もうお目にゃかかりません」

駈けだして、黒塀のみねへ、とび上がった百の裾へ、お袖は、すがって、

「百や――。おまえは」

と、泣いていた。

「ご機嫌よう……。お嬢様、どうか、はやくよいお聟さまを」

「もう会えないね。幼い時の、話をしあう人もない。百や……これを貰って行ってくれない」

櫛をぬいて、百の手にわたすと、百も、涙をいっぱいにためて、

「おかたみに」

と、塀の上で、ふところに入れた。

十一

ねんねん、ころり

ねんころり

和子の在所を問うならば

駒のお鈴に問うならば

千軒機屋の調布町

萩にすすきにきりぎりす