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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
いい残して、かれは、藪の中へはいって行った。旅神楽の道楽者――太鼓師、つづみ師、などと一緒に、やくざもし尽した笛吹三五兵衛である。さいを持てば、という自信があったし、相手は博労、甘いと見ていた。
と、やがて、お稲の通るすがたを見かけたので、百は呼びとめて、三五兵衛の言伝をした。かの女は、いい幸いのように、背中の嬰児をおろして、
「それは賑やかなことでしょうね」
と、百の語る、馬市の話などを、うわのそらに聞いていた。
百は、子どもが好きとみえて、のぞき込みながら、
「女の子で。そうですか、もう満一つに近いにしては痩せている。乳がよく出ないので? そいつあいけねえ、かあいそうに」
などと、他愛なく、
「どれ、疲れているだろう。あっしが少し抱っこして、あげやしょう」
「どうも……」と、お稲はすぐ、かれの手にあずけた。まったく、半日でも、一刻でも、子どものない体になってみたいと思っている程なので、
「笑ってるぜ」
「ほんに、嬰児でも、子の好きなお方は、よく知っているとみえて」
「だが、こんなのを背なかに負ぶって、おめえは、よく裏街道を越えて来なすったね」
「ひどい山で、難儀をいたしました」