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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
「やがて三十近い――どこか凄味のある痩せた男でございます」
「じゃ、あれじゃねえか。縮布屋さん、あの板屋の横に、昼寝をしていたが」
「えっ」
と、身をかわすように、縮布屋は飛び退いて、
「――何処に?」
「おや、いつのまにか、見えねえようだ。何処へ行っちまったのか」
すると、一人が、
「あの浪人者なら、たった今、町から帰ってくる途中で打つかったが、何か、一本槍に、宇都宮街道の方へ、急いで行ったぜ」
「え、宇都宮の方へ。――そうですか、いや大きに」
縮布屋の手代は、そう聞くと、笠を持ち直して、まっしぐらに、神橋の方へ、走ったが、姿を見つけると、橋の袂から、
「あっ兄様。ここに」
と、十五、六の順礼娘が、
「分りましたか」
と、側へ駈けてきた。
「おお、お信。よろこんでくれ」
と、息の弾みにも、その欣びを昂らせて、
「相手は、分った。やっぱり、ゆうべそっと報らせてくれた人の告げは、嘘ではなかった。……しかし、あれは誰だったろう」
「ほんとに、不思議な。――今朝旅籠を立ってから、ふと見ると、兄様の菅笠の裏に、そんなお告げが書いてあったなんて。……まるで神様が」
「いや人間の字だよ」