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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
色元結
「お仙、どうしても、帰らねえのか」
「…………」
「おめえはまだ、おれの、ほんとの素姓を知らねえからそう慕ってくるんだ。実あ、おらあ江戸をずらかって来た兇状持ちだ。悪いこたあいわねえから、おれと、なんかあったなンていうこたあ、にも、他人にいわねえ方がおめえのためだぜ」
「そんなことは、とうに、知っています」
女は、驚きもしなかった。
「えっ、知ってる?」
「有馬へだって、何度、お役人や人相書が廻って来たか知れませんもの」
「ふーム」
「そのたびに、わたしだって、槌屋の御亭主に、ずいぶん腹を探られていました。いちどなんか、自身番まで呼ばれて、たたかれたことだって、あるんです」
「じゃ、おれが、盗っ人だということを承知のうえで」
「え。わたしは、惚れているんです。江戸をあらした鼠小僧の」
「しっ……」
口軽い女の二の腕を、ふいに、男の指が突いた。ぞろぞろと、渡舟を下りた旅人たちが河原から上って来たのである。治郎吉は、お仙のからだを、からだで押すように、足を早めて、
「――乗りねえ、ちょうど着いた、あの渡舟へ」
色元結
パチ、パチ、と音がする。中で、将棋をやっているらしい。
「ははあ、此家だな」