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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens

Aozora Bunko

恋燐火

「よろしい」と山目付の杢之進、久米一の気に障らぬように兆二郎の嫌疑を話した。

恋燐火

絵描座と呼ぶのは、陶器絵かきの細工部屋、奥の静かな一間である。

さっき、そこへ戻った菊田兆二郎は、何食わぬ風を装って、香炉か何かに鯉絵の彩管をとっていた。

と、そこへ久米一の娘の棗が、少し色をかえて入ってきた。

「兆二さん」

「また来たのですか」

「嫌なの?」

「そうじゃありませんけれど、師匠の眼につきますからね」

「お父さんはいいのだよ。だけれど、困ったことが出来たようだ……あの窯焚きの百助と鈴木さんが来て、何だかお前に来てくれというのだけれど」

「どこへです?」

「お父さんの部屋に。鈴木さんはいい方だけれど、あの百助のやつ、ほんとに嫌な奴だから、何をいいだすか知れないよ」

「いったら私もいってやります。いつかお薪山へ、お嬢様を誘い込もうとしたことを」

「面の皮をむいてやった方がいい。だがね兆二や、向うで黙っていたら止した方がいいよ」

「ええそりゃいやしませんとも」こんな気持で、兆二郎は何気なく、縁伝いに師匠の部屋の前に来て板敷の上へ畏まった。

まだ前髪をとったばかり、青々とした月代に、髪油のうつりがいい。