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やぎゅうつきかげしょう
柳生月影抄 名作短編集(二)
吉川 英治
Read 柳生月影抄 名作短編集(二) (やぎゅうつきかげしょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 173,309 characters · 352 screens
幸いにも、わしはそこで御主人に追いついた。
軍馬は、山の頂で、一息ついていたのである。しかし、その馬の嘶きも将士の顔も、士気も、亀山の城を出た時とはちがって、一度に騒々殺気立っていた。
「お忘れ物を届けに参りました。お目通りを願いたいです」
いつもなら、わしの顔だけで、取次を待たずとも許されるのが、味方のわしまでを、将士の血ばしった眼は、疑わしげにぎらぎら見つめて、
「成らぬ」とか、
「しばらく待て――」とか、さんさん立騒いだ挙句、やっと、御主人の床几の前まで通るのを許された。
光秀様のまわりには、同族の左馬之介光春様を始め、溝尾茂朝、御牧兼顕、斎藤内蔵助、村越三十郎、天野源右衛門、そのほか老臣旗本たちが、甲冑に身をかため、爛々と恐い眼をそろえて、楯を並べたように、そこを囲んでいた。
「孫平治か。何で参った。――忘れ物とてないはずだが」
わしは、御主人の前へは出たが、しばらく、口がきけなかった。
息も切れていたが、口に出すのも、恐ろしい事だったのである。
「たわけめが。何を顫えておる。はやく申せっ。もはや、夜明けが間近い」
びーんと、耳を刺すような声に、焦々した癇癪がこもっていた。