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やぎゅうつきかげしょう
柳生月影抄 名作短編集(二)
吉川 英治
Read 柳生月影抄 名作短編集(二) (やぎゅうつきかげしょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 173,309 characters · 352 screens
二
途中の難儀は、いうまでもなかった。わけて福岡の川渡しは、雨後の大水であったが、猿殿には、御自身先に越えて堤に立ち、次々に、繰渡る人数へ、呶鳴っておられた。
「こぼすなよ。取落すなよ。かような時には、人ひとり失うても、平時の五百三百の損にもあたる。荷物一荷は、百荷にも当るぞ。敵にも、あわてたりと、笑わるるものじゃ。心して渡れよ」
わしはもうお側から離れずにいたが、叱咤を聞くにつけ、自分の生命も、可惜、むだな所では取落すまいと思った事だった。
殿の森勘八どのは、ここで御人数に追いついた。そして、
「もう、御安堵なされませ。仰せの如く、十二、三ヵ所も、堤を切って立退きましたれば、毛利方の軍勢も、追い来る術はございませぬ」
と、報告した。
けれど、次の日、また次の日も、夜を日についで、わしたちの行軍は急ぎに急いだ。
二
後で思い合せれば。
敵の追撃がないと分りきった後もなお、急ぎに急いでおられたのは、高松陣から踵を回らすと同時に、猿殿のお胸では、まだ戦わぬうちから、逆臣光秀の軍とすでに戦っておられたのである。
こうして。
わしたちの兵馬は、西片上の浜べから、船へ移って、赤穂に上陸し、七日の午頃、姫路城へ行き着いた。