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やぎゅうつきかげしょう
柳生月影抄 名作短編集(二)
吉川 英治
Read 柳生月影抄 名作短編集(二) (やぎゅうつきかげしょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 173,309 characters · 352 screens
備中行
一
家臣は誰も思った。
しかし、誰も深くは察しなかった。
越前穴馬在の御牢人時代から、お側を離れた事のないわしに至るまでが、不覚にも御主人のお胸のうちを、最後の最後に来るまで知らなかった。――いや時には、不審と思われない事もないではなかったが、決して感情を素で現わさない御気質ではあり、家臣どもには、お胸に炎をつつんでも、そういう時ほど、優しくなされる方なので、まったく、窺い知る術もなかったのである。
備中行
一
忘れもしない。それは天正十年の五月の末だった。たしか二十七日の晩かと覚えている。
御主人には、愛宕山の西坊へ登られ、その夜、威徳院で連歌の会を催された。
光秀様の歌道は、細川藤孝(幽斎)殿と、御姻戚の間がらとなってからは、なおさら、研鑽の深いものがあり、かつて、滋賀の唐崎に松を植えられて、その折、
われならで誰かは植えん
ひとつ松
心してふけ
滋賀の浦かぜ
と詠じた歌などは、公卿たちの間にも秀歌と伝えられて、「やさしき武士」といい囃されたものだった。
御主人は、「やさしき武士」であったろうか。わしは後になって考えても、光秀様の心ほど、今以て解らないものはない。