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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

Read 柳生月影抄 名作短編集(二) (やぎゅうつきかげしょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 173,309 characters · 352 screens

Aozora Bunko

三

同時に、猿殿が今日あることのふしぎが、苦もなく解けた。

夜が明ける――

翌四日の朝、巳の刻には、もう城将の清水宗治は、舟を湖心へ出して、敵味方の見まもる中で、城兵五千の生命になり代って、見事な自刃を遂げていた。

三

わしはこの眼で、その朝の有様を、持宝院の一室から、目撃していた。

前代未聞な割腹である。

また、明智殿の叛逆で、出牢以来、信じていた現世への考えを、いちどに覆され、暗澹と世を見失って、

(この世は鬼修羅の住み場か)

と、呪い、何人をも信じられなくなった心へ、再び、

(否とよ。牢獄の闇にも、陽は映したではないか。正大な天道の下には、この世ほど潔く気高い所はなく、人間程崇厳善美なものはないのだ)

という信念を、固く持ち直させてくれたことでもあるので、余事ながら、その朝の模様をすこし記しておこう。

元々、清水長左衛門宗治殿という武士は、骨まで香ばしいお人だったに違いない。こんどの講和に際しても、

「主家毛利家の御安泰を。城内五千の部下の生命が、身一つに代えられて助かるものならば」

と、冷ややかに、敵方の条件を受け容れられたものだという。

三十余日の籠城の間に、城主を始め、将士は皆、木の根や葉まで食べていた。