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やぎゅうつきかげしょう

柳生月影抄 名作短編集(二)

吉川 英治

Read 柳生月影抄 名作短編集(二) (やぎゅうつきかげしょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 173,309 characters · 352 screens

Aozora Bunko

迅かった。

わしらでさえも、ふしぎに思う。どうしてあんな大軍が、こう風の如く動かせるものかと。

清水宗治の自刃が行われたのは、四日の午まえだった。吉川、小早川の敵方へ、信長の死が伝わったのは、わずかそれから数時間の後――同日の午下がり頃だったと、後で聞いた事だった。

しまった!

と、毛利方では、歯がみをしたにちがいない。

どうとうと渦巻く濁流の後にはもう、敵の一兵も見えなかったのだ。どんなに地だんだを踏んだ事か。しかし、余りに小気味よく計られては、無念というも、かえって愚かと覚ったであろう。

それはそうと。

まる二日二晩、ぶっ通しに行軍しつづけた軍馬は、途中、強雨や出水にも会い、泥のように疲れて、姫路城の内外にあふれた。

姫路城は、猿殿が、故信長公から賜うていたところの、居城であり、家庭であった。

「お帰りなされませ」

「御凱旋。おつつがもなく」

「ご祝着に存じ上げます」

留守居衆が出揃うて、大玄関にお迎えした。御凱旋ということばは、猿殿のお胸にそった事ではない。だが、にこやかに、少し軽々しい程、にこやかに、

「やあ。やあ」

誰彼となく、いちいち頷きを与えられて、泥具足のまま式台に踏み上がられ、そこですぐ聞いておられた。