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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens

Aozora Bunko

と、口惜しそうに、涙ぐんだ。肩で息をつきながら、憎さにみちたひとみを向けて、

「――何ですえ、このざまは! 敵の女を、無理に、自分のものにして、それが何で面白い? ……。犬畜生も同じことだ、武士らしくもない」

「なんとでも、わめけ」

三五兵衛は、ほろ苦く笑い消して、

「おれは、あいつを――あの弱い、男っぷりのいい、賛之丞という敵を、めったに、殺すようなことはしない。生かしておいて、おれのうけた苦痛だけを、生涯に返してやるのだ。それが、笛吹三五兵衛の敵討だ。――敵討以上の仕返しなのだ」

「アア、帰りたい。この子さえなければ。この子さえ」

と、お稲は、身もだえして、

「どうしているだろう。あの人は」

「いつでも、暇をやるから、帰るがいい。てめえとの仲を裂いて、賛之丞を苦しませてやることは、もう十分にすんでいる。かえって、今じゃこっちの足手まとい、帰ってくれれば有難いのだ」

「誰がッ――」

と、お稲はもう、挑戦的に、

「帰るもんか、死ぬまでも。こんどは、こっちでお前さんを、苦しめてやる番なのだ。おぼえておいでよ」

「――だが、かあいそうなのは生れたその子」

「鬼みたいな父親をもって」