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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
「知りたかろう、お稲の様子が――」
「ば、ばかをいえ、あんな不貞なやつ」
「不貞? ――そうかな。お稲はもと、甲府のやなぎ町へ、江戸から流れて来た旅芸者、それを鮎川の親分仁介が、根びきをした持ち妾だと――おれは聞いたが」
「…………」
「その仁介の眼をしのんで、村上賛之丞と密通したのは不貞でなく、ほかの男と、逃げたのは、不貞というのは少し変だぞ」
「おぼえておれ、その口を」
「怒るな賛之丞、そのうちに、いや、近いうちに、お稲はその方に、返してくれよう」
「だ、だれが!」
「負け惜しみはよせ。未練のあるくせに。こん夜の入札に、二番札で、惜しいことをしたものだ」
「おれは、あの女を、未練でさがしているのじゃない」
「嫉妬でか」
「成敗してやるのだ!」
「わははは、その腕で、その刀で、惚れた女が斬れるつもりか。――よせよせ、そんな強がりは」
「強がりか、どうか見ているがよい」
「ム、見ていてもいいが――賛之丞、お稲は、初産をしてから、よけいに美しくなって、それに、生んだ嬰児は、てめえの面に、そっくりだ。――たしかに斬れるか」
「斬る、斬る」
「じゃ今日は別れよう。――それとも、一曲聞かせようか」