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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
やがて、七は藻のようなものを手にからみつけて、遥か下流の岸へ泳ぎついていた。泣く力もない白い腕が、彼の足に巻きついたまま水際をぐんにゃりと離れた。
× × ×
粋な町、善光寺の権堂へは七の馴染が多かった。巽屋という茶屋の二階に、彼の顔が頬杖をついていた。
千曲川のことがあってから三日目の宵である。
「きょうは星祭りだなあ、お芳」
うしろを向くと、部屋の隅に、行燈の灯にさえ顔を上げ得ないで、ほつれ髪の影が、胸へ手をさし入れて、しょんぼりと俯向いている。
「なあ、お芳。――祭りだぜ、秋の銀河祭りだ。そうそう、去年の今ごろは、てめえとよく会っていたなあ、銀河の下に寝て、ふたりとも風邪をひいたこともある」
「……すみません。ほ、ほんとうに、すみませんです」
「何をよ、よせやい」
「か、かんにんして……」
「おら、怒ってやしねえってことよ」
「そういわれるのが、苦しいんです、斬られるよりも、つらいんです、い、いっそ千曲川で私ゃあ……」
お芳は、大きな声で泣き伏した。
「死んじゃつまるめえ。おめえみたいなたちの女は、まだまだ沢山男に縁があるぜ。これから毎年、どんな銀河まつりの晩を送るか、わからないことさ」