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じろきちこうし

治郎吉格子 名作短編集(一)

吉川 英治

Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens

Aozora Bunko

「左様――」と、肩で、喘ぎながら一礼して、

「たった今、この庭へ、二十七、八の浪人が、女の生首をかかえ、血刀を引ッさげたまま、逃げこんで参ったのを、御承知はあるまいか」

「存ぜぬ」

と、兵部は、無駄だった気がまえを弛めて、

「――狂人かの」と、訊ねた。

「いや、狂人ならとにかく、正気を持ちながら、毎日、廓や盛り場で、喧嘩をしては、狂人ほど人間を斬る奴。町方も、ちと持てあましておる男で」

「ふむ……それが、女の生首を抱えてとは」

「実は、この堀の涙橋に」と、同心は、兵部の人物と、軽い誘いに、つり込まれて、

「――江戸唄の師匠をしておる、里次という女があります。今申した浪人者はそれと、だいぶ深間で、何でも、二、三百石の知行を、その女一人のため棒に振ってまで、国元を、出奔してきた程な仲だったらしいので。――だが女は男の不身持と、斬ったの、殺したのと、血なまぐさい行状ばかり見ているので、愛想もつき、恐くもなって、近頃は、町道場の林崎という男をひき入れておった訳です」

「む……」

「だが、一方の浪人と、どうして手を絶ったものかと、今夜も、林崎や悪友のならず者が、里次の家へ寄って、飲みながら話しておると、伊勢詣りに行くといって、五日ほど前に、家を出た浪人が、台所から、ふいに、今帰って来た――というが早いか、一瞬の間に、居合した七人ばかり