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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
「うぬ!」
だっと追って、片手に大刀を、左手に、小脇差をもって、飛びかかった。雪をもった、松の梢が、間へ、ばさっと落ちた。
「矢頭。あぶないッ」
それを、ささえるように、がっしりと、武装をした一人が、さけんで、
「――赤穂の旧藩士、奥田孫太夫重盛、一角どのへ、参る!」
と、槍をくりのばした。
「何ッ」
ふと、声に覚えがあったので、片手を、上段に、ふり向いた一角は、鉢金の下とはいえ、あざやかに見える敵の顔に、
「あッ? 老人」
と、ど肝を抜かれて、叫んだ。
敵は、笑って、
「繭買の銀六、お覚えか」
「さては、老人、赤穂の廻し者であったな」
「むろん、米沢あたりにも、一人や二人の間諜は。――これも、尽きぬ御縁」
「おっ、よい敵だ」
半弓の矢が、どこからか、飛んで来た。二、三合、刃まぜをする間に、奥田孫太夫は、あっと深股を抑えて、
「残念ッ」と、いいながら、雪の上に、腰をくだいた。
「弱いぞ、銀六。――いや奥田老人」
振りすてて、走り去ると、奥田老人は、
「卑怯卑怯、返せ、一角」
と、どなった。
乱れ髪に雪を――全身に血を、浴びて、一角は、斬りまわった。もう、白い雪と、赤い血としか、何ものも見えなかった。