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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
義賊の雲霧は、そんなケチな男じゃねえ」
「――親分。疑って、すまなかった」
ひたっと、体を、牢格子の錠へ押しつけた蔵六の手は、わなわなと、腰の鍵を外していた。ガチッと、掌のなかで、錠の角が刎ねた。
「何処だ、何処だ」
雲霧は、外へ、這い出した。
「な、な、なにが?」
「慌てちゃいけねえ。金を届けてやるにも、おめえの住居が分らなくっちゃあ」
「あ――神田、神田の、紺屋ッ原」
「原の一軒家じゃあるまいが」
「人が、悪口に、もッそう長屋という、牢番ばかりが住んでいる棟がある。そこに、真っ暗な、紺屋の溝川があって、西の土橋から七軒目、路地の角だよ」
「それだけ詳しく聞けば――じゃ行ってくるぜ」
どこへ、足を掛けたのか、ぽんと牢廂から大屋根へ、
「あッ」
夜鴉みたいな、迅い影が、星の空から、消えたとたんに、蔵六は、自分の首が、抜けて行った気がして、
「いっぱい、食わされたかな?」
と、いう疑惑や、後悔や、職務の自責や、いろんなものが、頭にこんがらかって、体が、ひとりでに、うろうろした。
無論、居眠りどころか。
蔵六は、空ばかりを見、半刻ごとの、鐘の音ばかりを、数えていた。
迷走・青い溝川