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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Read 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 178,609 characters · 362 screens
――ついては、槌屋から暇をとって早速帰って来いという話が来たために、治郎吉の立つ四、五日まえから、お仙は、眼を腫らしていた。
気まぐれが、また、気まぐれを生んで、先はどうでも、こっちでは、さほどにも考えていない女を、つい、あのまま、この大坂まで連れて来てしまった治郎吉が、後で、こうと打ち明けられてみると、恋ばかりではない女の気もちに、その時は、ちょっと、興もさめたが、また、抛ってもおけない彼でもあった。
――よし。おれが、話してやろう。
と、ちょうど伸びた髯をだしに、それとなく、様子を見に来たわけだったが、仮に、相客がいないで、すぐ問題の話にかかったとしても、相手の仁吉は、ちょっと栂指と人差指で、抓んで食うようなわけには行かない男だと彼は睨んだ。相当に、小悪党らしい小骨が歯にも、舌にも、かかりそうに思われた。
「――こんにちは。親方さん、元結はまだでございますか」
そこへ、若い女の声がした。外の陽が、治郎吉の仰向いている顔へ映した。
仁吉は、剃刀を止めて、
「あ、お喜乃さんか。待っていたんだ。――はいりな、そこを閉めて」
「まいど、有難うぞんじます」
「だいぶ、お世辞が、うまくなったな」