Japanische Klassiker mit Furigana
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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
Lesen Sie 梅里先生行状記 (ばいりせんせいぎょうじょうき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 209.260 Zeichen · 418 Bildschirme
やっと帰ると、住持はやれやれといわぬばかりな面持で、
「紀州の本山にいた頃の友だちなので、いやな顔もできぬが、ひとの顔さえ見れば無心、浪人しても心までああ落魄れてはさむらいの仕舞いじゃなあ」
と、聞えよがしに喞った。
だから納所にいるお小僧までが――もっとも小寺なのでほかに住僧はないが――びたびたという尻切れ草履が寺内に聞えてくると、
「来たよ、またあの薄あばたが」
と、小ばかにした。
編笠をぬいでも、そのさむらいの顔は、あまり立派でないらしい。年の暮にもやって来た。
「歳暮をもらいに来たのだろう」
お小僧と寺男は、落葉を焚きながらささやいた。帰るすがたを見るとこの寒さを袴一枚、裾のほころびも、見るからに見すぼらしい。
「いいあんばいに、この頃、ちっとも来ないね」
住持の身になって、うわさしていた。それがもう、年をこえて、梅のつぼみのやや白くなりかけている二月だった。
元禄八年である。
「いけないよ、うわさなどするもんだから、とうとう来たよ」
寺男が、厨の口をのぞいていった。飯炊だのお小僧は、
「どれどれどこに」
久しく見ないと、なつかしくもあるのか、首を出して覗き合っていた。