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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

これがまだ登山に関する知識の普及していなかった当時、珍らしい大事件として、世人を驚かしたというのは、さもあろう。そこに、いろいろ不覚の点もあったにせよ、何せ思い外の大時化の中の難行で、頼みの先生方が、大切なマッチまで濡らしてしまい、肝心の火を焚こうにも、何としてもたきつける手段がなく、やむなく無人の破れ小屋で、疲れきった児童たちをかばいつつ、ふるえながら運命の一夜を送った……そのあげくの惨事だった。

駒ヶ岳崖滝の挿図

この際、現場のわれらが仲間は、さすが見るに見かねて、進んで総身を灰にしよう、どうにかして彼らを助けてやりたい……と心ばかりは逸りながら、根が能なしの、動きのとれぬ偃松の悲しさ。せっかく、なけなしの知恵をしぼった、嵐をついての鳥の使い――さえ、人にはついに届かずじまいで、何と仕様も涙に暮れるばかり……というみじめな結末には、それと知った俺たちまで、ともども貰い泣きする外なかったものだが……。

いつか俺は、それからそれへと、おのがすぎ来し方を、ふり返って見る心持ちになっていた。思えば長いことよ。俺がまだほんの青二才だった頃といえば、この辺には何代もの親たちにあたる、いい年配の面々が、今からは想像もむづかしいほど、ビッシリ腕を組み合わせて控えていたものだ。