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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
黒部川初遡行の追憶
一声の初音こだます深雪不二
始末のつかぬ画面を抱えて私は、季節に追われ、疲れた心身がせめぎ合い、ただおのが力の不足をかこつばかり。物憂い五体を提げ、思い切って私が、この離れ難ない山居に別れを告げたのは、はや四月の初旬。富士をはじめ、四方の山々、破れ宿坊、堂守の老夫婦、本堂の諸知識にも感謝の心をいたし、そぞろ心に下る山路は、一足ずつに春が深く、黄藤の花の陽炎にゆらぐ早川谷は、醸すがような煙霧の底。心の張りも抜けたような私は、ただうつつしもなく、その中にあえぐのであった。この時、堂守の翁から、記念に贈られた、一位の稚木が、いま窓外に仰ぐほどの、その木とは……
(昭和二十二年、春。「山小屋」)
黒部川初遡行の追憶
早いもので、あの黒部本流の初遡行を、木暮理太郎君と試みてから、数えてみると、もう二十年にもなる。思えば心なつかしくもあり、また心苦しくもあるが、もはや細かい事は忘れている。今日思い出の執筆を求められるまでもなく、当時くわしい紀行を「山岳」に書くはずであったが、いろいろな支障で、といっても、主に自分の気が進まなかったのがもとで、そのままになってしまった。