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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
六 待ち人
高山蝶や双翅類が、その甘く香ぐわしい蜜に酔って、花にも劣らぬ麗わしい翅をひるがえす。雷鳥さんも厚い綿入れを脱ぎ捨てて、飛白模様の夏着に衣がえする。小鳥たちに至っては、これはもう、暁か星の消えやらぬうちから、夕つづの落ちかかるまで、時を惜しんで歌いつ舞いつ……杜鵑や慈悲心のように、夜の目も寝ない手合いさえある。あの沈重な岩さんたちすら、今や熱い血の流れが、荒ら膚をとおしてうかがわれるようだ。――いわゆる生物といわず、流水、雲霧、地気、天象、みな一斉に勇躍し、生動する……。
めぼその巣の挿図
六 待ち人
こうした無辺際、無尽蔵の大宇宙に、ずらりととりまかれて、日となく夜となく、その恩沢に浴し、その威徳を仰ぎつつ、明かし暮らすわれらの生活こそは、何と世にも恵まれたものであろうぞ。脚の下の雲のそこいに、どんよりと濁りよどむ人間界とは、はるかに懸絶した、まずはこの世ながらの楽園ともいおうか。俺なども、その片隅に席を与えられた一分子かと思えば、空恐ろしいまでの幸福と尊厳を自覚させられて、あらゆる憂苦もさらりと忘れ去り、ひたすら造物者への感謝の情ろ、崇敬の念いに、身をふるわすばかりだ。