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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

五 風の日

大井川の上には横雲が断続してたなびき、高空を巻雲が飛行する。四時すぎると赤石沢の奥に、雲塊が背に鈍く茜をうつし、しばらく沈痛な夕ばえの空を残す。大井川の谷は濃い陰影をふきあげ、赤石は沈み、沈む。

加速度の夕闇が四辺を閉ざす頃は、小屋に帰って、膝や顔を焦がしそうに、火と首引きする。そして物珍らしく山男に話しかける。彼も活発に応じる。口の重い男とはいえ、一日中数えるほどしか口をきかなかったあとだから……。

今宵も十六夜の月けざやか。赤石は早朝よりもさらに小さく屈まって見える。西風が又梢を鳴らし、小屋を揺りはじめる。

五 風の日

風は夜ふけから漸次激しくなった。眛爽、西南の尾根にさやぐ落木の木末の網目から、鋭い月光が風とともに射るように飛んでくる。そして超快晴の日が明ける。しかも凍みはかえって昨日ほどでなく、霜も無いから、身体はむしろ凌ぎよいけれど、仕事は風のためとかく落ちつかない。木立にからむ風の音にまじって、時々人声に似た怪しい叫びが聞えるようで、ハッとする。少年の頃よく見た古書の、木魅の姿を思い出す。実は山男がどこかで歌でもうたっていたのかもしれぬ。