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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

山越えの弥陀

信貴山縁起

れている。宇治鳳凰堂の扉画『九品往生相』は、正面の分厚い木造の大扉に、大和あたりを思わす青緑山水が大きく描き出され、損傷のひどいのはなげかれるが、緑青や丹の顔料が強い墨線とともに断続して、当年の結構を想見させる。

山越えの弥陀

前の来迎図の一種に、弥陀や菩薩が全身を示さず、山の彼方から半身をのぞかす、といった構図のものがある。これがいわゆる※(始め二重山括弧、1-1-52)山越えの弥陀※(終わり二重山括弧、1-1-53)で、山の絵の観点からは、浄土変相中一ばんおもしろい。浄土変は大体唐で完成されたが、この山越え弥陀はわが国で発想されたものらしい。支那の匂いが薄く、緩やかに波打つ山の姿に、いかにも日本らしい趣きがある。画として必ずしもよいものばかりではないが、その点で大いに親近感を抱かせる。それに、これは浄土の山ではなく、現世のものだ。だから日本人の幻想とすれば、西方からの光明が、こうした山を越えてくるというのは、いかにも自然ではあるまいか。

京都禅林寺や金戒光明寺のものなど代表的であろう。

信貴山縁起

藤原時代の絵巻の傑作で、鳥羽僧正筆ともいわれ、その中に出てくる山や谷の景色が写実的――というのは、日本の山水であることで、注目に値いする。