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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
どんよりした闇夜なぞは又、からだが何かに吸いつけられるようで、自分の足音が、いやに耳立つ。山では絶えて臆病風に誘われぬ私も、この夜道ばかりは、どうかすると、誰かうしろから?……と、ちょっと振りかえって見たくなる。だが、それも何やら――幼年の頃の、あるいは夢の中の、何とも言えぬ、あの無気味さ。路は大して上り下りもない、木立の中の片そばなのだが、途中、山あいに小広く、「七面ノ池」が凍りつき、池畔に、ひょろ高い枯草の穂が、ふわふわとさやめく。そこらあたりが、とりわけ、変にうそさびしい。なまじ人跡の絶えた奥山でないだけ、ましてこうした――古くから人間の魂の迷いや悩みの、深く染みついているであろう――所柄ら、そこに自分でも知らない感覚が、何か一種の妖気とか、鬼気とかいう風なものを、かぎつけるのであろうか、否か。
木の間から読経の声がもれてくると、本堂はほど近い。この声はいい、そして頼もしい。人間の声とも思えぬ、さりとて、自然の声とはちがう。何か別の妙えなる世界の消息、そういった感が深い。本堂は相当の大建築で、客殿や庫裏も手広く、坊さん方は多勢――その中には、麓の身延の方で、何か戒律を破った、その罰として、ここへ追い上げられた者もある、とか。