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にっき

日記

宮本 百合子

15 一九二九年(昭和四年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,482 字 · 160 页

青空文庫

だった。もうこの花が出る時候になった。

――手帖も今になくなるかもしれないよ

ちり紙など、包み紙など非常に欠乏して居るそうだ。皆で喋って、一寸静かになった時Y、

――苅田さんの弟も、自殺した、

と云った。Yこの間から何かあったのではないかと云って居たところであった。

――手紙が来たの?

――ひどい手紙だ。

すきを見て、Yの出してくれた巻紙をひろげた。短い手紙、心あまって書ききれぬ、そういう圧力のこもった苦しい手紙だ。

「春めくにつれ耐え難く思われます」

最後にこうある。この感じせまって来て切なかった。

社会の波が弟にも打ちよせたことを苅田さんも感じて居るが、落胆のしようがひどい。生活力を全然うばわれて居るらしい。

この感じ、自分が英男に死なれた後の心持と相通ずるものがある。自分にはきびしい孤独感となって来た。非常に失った感じ、一生のはり合いを失った感じ。

苅田さんの弟は芸術的の苦しみ、自分の才能に対する絶望から死んだのだろうか。英男は謂わば私に挑戦状をのこして死んだ(考え方生き方に於て)

自分は泣きつつ、生意気な! と思った。このようにしか考えられなかった。