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にっき

日記

宮本 百合子

15 一九二九年(昭和四年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,482 字 · 160 页

青空文庫

五月十二日

五月十二日

雨が降って居る。リヒテンシュタインの門前で自動車を降りると、加藤さんが山高帽をかぶって絵具箱を下げた半白のずんぐりした男と話して居る。

「私は紐育の堀というものです。絵と写真をやって居ります」

島根に中條の祖父が居たことなどを知って居た。もう三十年暮して居る由。

加藤さんが

――オペラおききでしたか

と訊いた。

――ききましたが、よくなかった

――然しここのオペラは世界で有名なんですが

――そりゃヨーロッパででしょう。

些の躊躇なく堀さんは答えた。

――迚も New York のとは比べものになりません

自分これは面白く感じた。

ここの Wien の人間は大体保守で、America 人に金をまかせつつ、例えば、Grand Hotel は American が多いから一流の中の第三位 Imperial Bristol Grand と考えて居る。然しアメリカ人の方はヨーロッパを見物の場所、古きようろっぱとして考えて居るにすぎない。この点興味あり。そして自分も十日ウインに居る間にこの古きヨーロッパ Old Europe の感じ明らかになって来た。ながく居ると皮膚の上に何か粘着して、活溌な細胞組織の運動を阻害されそうな気だ。