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にっき
日記
宮本 百合子
15 一九二九年(昭和四年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,482 字 · 160 页
三月二十七日
が、彼は最後の上流的紳士的道徳観念をすてかねた。悪い男になれなかった。
これは深いところだ。(三月二十六日)
三月二十七日
春の誕生
今日起きて窓から外を見ておどろいた。四五日前まで窓枠にのこって居た厚い雪がすっかり消えたばかりではない。
庭の雪が溶け始めた。太い松の根元の或部分などは雪消水から短い青草さえのぞいて居る。雪はよごれた。泡立った。その上に長く午後三時半の木かげが這って居る。
立木の幹や歩道はすっかり乾いた感じであった。冬の間は分らなかった微妙な樹皮の※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)リエーションの間に、白樺と電信柱、一際彼方の外科室の石造建築の壁が白く見えた。その白樺と電信柱に当る日光を眺めて居ると、春の光の白さがつよく目をさした。
キラキラしながら溶けつつあるよごれた雪が、一面樹や灌木の根を埋めて居るにもかかわらず、変に雪の実感を失って、風景は乾いた白っぽい印象しか与えないのを自分は面白いと思った。空の雲のない風のない軽い碧さ、これに対してほんの始ったばかりの春のむっつりさが地面にある。
そこへ黒い外套を着て黒い帽子をかぶった男が、低い鉄柵の彼方の歩道をやって来た。