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にっき
日記
宮本 百合子
15 一九二九年(昭和四年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 79,482 字 · 160 页
十五日
十五日 午後九時雨上り
僅かな薄明りで内庭を距てて、学校のぬれた雨樋が樹々の暗い梢を一条貫いて光る。内庭をかこむ家の窓々は開け放たれて居る。が灯は僅か十五六点しか見えない。暗い数百の窓々、遙か数千米西の方に点々と灯かげが閃く。教会の尖塔の奥に、エッフェル塔は、日曜故イルミネーション、一張羅の夜会服のように金と赤とにきらついて居るが、それは却ってこの内庭をめぐる巴里の一隅の静けさ、灯をともすのにおそき田舎らしい感じをますだけだ。
夜あけ、午前四時頃と夕方から夜、巴里も Vaugirard〔ヴォージ通り〕では都会はなれた素朴さが現れる。モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)河岸の午前四時、曙の鈍い光の中に夜中つけのこされた瓦斯燈がまたたいて居る。街角から寂莫と街路にひろがったつめたい空気をつんざいて、一台タクシーがふっとんだ。眠らなかった夜明けのエクセントリックなカーブでリーパ〔ぼだい樹〕の並木の彼方へ。再び水の底のように圧力ある涼しい黎明の灰色。凹凸ある教会の石壁に沿うて外套の肩から手風琴を吊った男が一人の仲間と腕を組み、蹌踉とやって来た。歩道は長い。