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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

09 一九四二年(昭和十七年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 65,952 字 · 130 页

青空文庫

この伝記とチャンポンに小説を読みましょう。実に小説が読みたい。志賀直哉全集は大きい活字ですから今に読み始めるにはいいけれど、心持とはあまり遠くて。今はカロッサの「医師ギオン」を読もうと思います。一九三九年の写真では、カロッサは猫のようなものを手に抱いて、一寸下目になって額に横じわをよせています。それはそうでしょう。このお話は何れ読んでから。

この前の手紙で向上心ということの色々の観察を話しかけましたが、庶民的な環境に育って色々の重い因習と戦いながら、人間として向上しようとしてきた女の人は、向上の方向がグラグラしてくると、その向上心そのものが、一つの極めて妥協的な世俗的な立身の方へいつの間にやら流れ込んでしまう危険が実に深刻です。目安がないから積極性が方向かまわず積極積極と出て、案外なことにもなるし、そういう人の中には大抵の人に劣らない体力も意地もあるから、又利巧さもあるから、それらが皆固って妙なことになります。十分そのことについて、自省もあり、時に自嘲的にさえなっているとしても、全体としての動きはそうなって行く悲しさがある。それから又突抜けて出る新鮮な力は、このゴミっぽい過程の間で磨滅しないでしょうか。