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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

静まりかえった深夜の街を、襟をかきあわせて、急いだ。

十五夜近い月光が明かるいので、そんなにさびしいとも思わない。故郷の山奥はもっとさびしかった。しかし、音も人影もない月夜の静寂さは、どこかに、故郷の谷を思い出させるものがあって、マンは、唐突に、郷愁を感じた。どこかで鳴いた犬の声が、狐の声のように、耳にひびいた。

(みんな、どうしているだろうか?)

父の顔、母の顔、弟の顔、それから、大川時次郎の顔が浮かんだ。時やんは、まだ、馬に乗って、郵便配達をしているのか知らん?――マンの胸の奥の奥で、ちくちく疼くものがあった。

永田杢次の家まで、一町半ばかりだった。

マンは、裏口にまわり、戸をたたいた。

ヨネが、寝ぼけ眼をこすりながら、台所の硝子戸のところへ出て来た。

「おマンさんかえ?」

「はい」

「今ごろ、どうしたんじゃね?」

ヨネは、戸を開いた。

「親方さんは?」

「まあだ、帰らん」

「お姐さん、すみませんけど、お金を十円、すぐ貸して下さい」

「今ごろ、だしぬけに、いったい……?」

「わけは、明日、話します。急ぎます。お願いします」

「そうかな?」

ヨネは不審そうな顔をしたが、うなずいて、ひっこんだ。