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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
サクが、マッチを持って来て、火を点じようとした。マンは、提灯を引いた。
「あんたの火は借らん。今夜は月夜じゃけ、足元は明かるいわ」
腹立ちまぎれ、無茶のような捨言葉を残して、妾宅を出た。そして、永田杢次の手を引き、おぼろ月に煙る深夜の街を急いだが、マンは、遠くに、永田家の灯が見え、そこで、忙しく弁当ごしらえに立ち働いている人たちの影が見えて来ると、急に、胸が疼いて来て、涙が、ボロボロと、流れ落いた。
永田が、ぐにゃぐにゃで、幾度もつまずいて倒れるので、マンは、親方を、背に負った。張り子のように、軽い。
また、新しい涙が流れ、
(ええ親方じゃったのに……)
と、二年前、「なんでも屋」の紹介状を持って、永田杢次を頼って来て以来のことが、走馬燈を急廻転させるように、目まぐるしく、マンの脳裡を去来した。
「どこに行っても、これというて、心服の出来る親方は居らんなあ」
門司や、下関にいたころ、金五郎は、口癖に、そう、述懐していた。浜尾市造も、山下松次も、親分として仰ぐに足る人物でないとして、見切りをつけた。その金五郎が、永田組で、二年も腰を落ちつけたのは、畢竟、永田杢次の人柄に惹かれたためである。