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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
男の出発
マンは、また、涙が出た。
こういうことがあっても、なお、苦しい気持をいだいて、煙草工場に通っていたが、或る風のはげしい日の夕暮どき、マンは、七瀬の水車小屋の横で、大川時次郎とキヌとが、むつまじげに語らっている姿を見た。観音堂のかげから、眼を据えた。
遠くからで、言葉をききとることはできなかったけれども、肩を接するようにして、なにか、大声で、楽しげに笑いさんざめいている。これまで感じたこともない、不可解な嫉妬の感情が、マンの胸いっぱいに溢れた。
(なあんじゃ)
くッ、くッ、と、笑いのような、嗚咽のようなものが、胸の奥底からつきあげて来た。二人の姿が、狐と狸のように見えた。
清冽な流れを、黄昏のうすい光に散らしながら、水車がゆるい速度で廻っている。
それから、数日後、彼女の姿は、この谷底の部落から、消えていた。
明治三十五年、晩秋。
谷口マン、十九歳。
男の出発
「ええ天気じゃのう。お城があんなに、きれいに見えるぞな」
「天気ばかりようても、こっちの方は、大雨、大風、大嵐じゃ」
「そがいに、悪いのかい? 金坊」
「悪いというても、清ちゃんのような鍛冶屋の倅には、わかるまいけんどな。