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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
廊下の隅に立って、胸のどきつく気持で、耳を傾けた。
部屋の中は、しいんとしている。二人がいるのか、いないのか、障子に明かるい電燈が当っているのが見えるだけ、なんの音も、声もしない。あまり静かなので、後にいるコヨに、
「居るのかね?」
と、小声で訊いた。
「いますとも」
コヨは眼で答えて、しきりにうなずく。
なお、しばらく、静寂がつづいてから、
「僕が、馬鹿だったんだ」
かすれたような勝則の声が聞えた。
「すみません」
光丸の声は細い。
「君だけは信用しとったがなあ。花柳界は嘘の多い世界ということは、知らんこともなかったけど、君だけは、……君までが、嘘をつくとは思わなんだ」
「いいえ」光丸の語調は、切迫して来て、「そんなこと、……あたしが、嘘をついたなんて、いつ、どんな嘘を、……?」
「君には、許婚があったんだ」
「ええ、それはありましたわ」
「どうして、それを隠しとったんだ?」
「そんなこと、無理です。無理やわ。もし、それを話したら、もう、あなたに逢えなくなると思うたとです。あたし、その許婚と一緒になるつもりなら、とっくに、芸者やめてます。その人が嫌いなばっかりに、……そして、あなたとお逢いしたいばっかりに、……こうやって、芸者に出とるとです。