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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
不安というより、戦慄をともなうような恐怖といった方が近かった。
(審判のときを待とう)
考えてみても、そのときまでは、どうなることでもない。
夜になって、金五郎は、一人で、弁財天浜に出た。岸壁につないである玉井組の小伝馬船に乗った。
灯の明かるい聯合組の事務所から、長身の新谷勝太郎が出て来た。
「オヤジ。網打ちですか?」
「うん」
「英雄、閑日月あり――ちゅうところですな。今夜は、一人?」
「うん」
漕ぎだした。
中ノ島の横を抜け、ぐんぐんと、港外へ出て行った。闇夜である。切戸の燈台が見えて来た。
(玉井金五郎の馬鹿野郎)
胸壁を破るほどに、胸中にうずまいているはげしい自嘲の念が、金五郎を絶望的にする。
(なっちょらん。貴様は、駄目じゃ。――大馬鹿、阿呆、抜作、唐変木、兵六玉、低能……)
あらゆる言葉で、自分を罵倒した。
(三十年近くを苦しみ抜いて来て、最後が、こんなことか)
泣きべそをかいている金五郎の顔に、潮をふくんだ夜風があたる。手がしびれるようであったが、なにかから脱出するように、金五郎は、切迫した思いで、腕のかぎり、櫓を押していた。切戸を廻ると、波が荒くなって来た。