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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十の混乱に関らず、部長は感激の色をみなぎらせ、誠実そのもののような眼差しを加十の面に注ぎながら、

「ああ、ああ、何たる幸福ではありましょう。咫尺の間に殿下の尊顔を拝しますることは、申そうに真実夢のようでありまする。このようなことはあまり御寛大にすぎると申上ぐべきでありましょう」

といってまた感激の声をあげ、

「ああ、なんたる凛々しい御尊顔。各戸の楯間に掲げらるる御肖像、また郵便切手などによりまして、もとより御風貌は熟知いたして居りまするが、それらは殿下をいよいよ剛毅に印象させんがため、殊更お顎に長き髯などを加え、申そうに、却って失礼な致し方という外はないのでござります。手前はすでに十年の間外務省に出社いたしておりまするが、殿下の御真顔を拝し奉るのにこれが最初でありまして」

成程、そういう訳であったのか。加十はたちまち図に乗って、

「よく見て置くがいい。写真よりはマシな筈だ。……それでどんな用事でやって来たのか」

部長は静かに立上って扉口の方に行き、充分廊下を見廻して戻って来ると、囁くような声で、

「御無礼仕りました。それと申すも重大なる密使を帯びて参ったからであります」