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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
八 名残りの雪
は天気の変る前触れだと言ったのが当ったか。夜半から雪になったらしい。
八 名残りの雪
早朝の四辺は、サラサラの粉雪が二寸くらい積っていた。いよいよ帰ることに定めて、急いでしたくする。数日の参籠を果さしてくれた小屋に別れを告げる頃は、雪は四、五寸になり、大粒に変った雪片を受けて白檜の若木が、重そうに枝を垂れているのも心をひく。漠々たる雪空の、赤石と思われるあたりをはじめ、四方の山々にも頭をさげて、はかない筆の跡を留めた画布を背に、気もそぞろに峠を上り下ったが、いつも山を去る時の、感謝と共に深い恨を残すこの心持ちほど、耐え難いものはない。
しかし食料のつきたのも、まして天気の変ったのを、恨むべきようはない。恨むべきは、おのれに、山の聖像を描き奉る力の足りないのをこそだ。そしていつもながら、この数日、貴いものを惜しげもなく示現してくれた、見えざる天地の霊に鳴謝し、報恩を期する熱い涙は、吹きつける雪をとかすかと……。
峠は下りの半ばから雨であった。落葉は数日の間にさらに厚味を加え、雨畑川の源頭御厩谷あたりから七面山へかけて、雲が幾重にも山を浮べ、時に岩崩れの響きに耳をそばだてながらも、空山に款冬の緑が点々たるところ、ふと早春のような錯覚さえおぼえるほど、なごやかな景色であった。