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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

誰にしろ、無論こうした事は初めてなので、皆なくすぐったいような、落ちつかぬ面持ちをしている。――そのうち、絶えず東の谷合いから押しよせる霧は、だんだん深くあたりをこめ、さすが鏡のような雪田も、おぼろに曇って、見えつ隠れつ……。日が大尾根にかたむく頃には、とうとう雨を落しはじめた。その中を岩燕たちが、いきおいよく翼を鳴らしてかけ廻っている。

「老いたる偃松(木曾駒ガ岳)」のキャプション付きの挿図

老いたる偃松(木曾駒ガ岳)

画家はそれでも、狭い岩角に踏みとどまって、パレットの雫を払っては、一心に描きつづけていたが、いよいよ降りが強くなってくると、やっとのことで思い切ったらしく、筆をおいて、ぬれた道具を手早くかたづけた。それから今度も、いんぎんに俺たちに会釈して、「どうぞ又明日お願い申します……」と、それも何か俺たちの同意でも求め顔で、いかにもうしろ髪を引かれるといった風情を見せながら、ふりかえりふりかえり、帰って行った。――まさか俺たちが、逃げや隠れもしまいものを。

俺はホッとして、思わず知らず固くなっていた五体をくつろげつつ、又まわりの仲間を顧みた。