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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

恐らく文献はもとより、土地の人以外には見聞者もありやなしや。

今年(十六年)の五月下旬に、私は宿願のひとつ、御岳の春色を描かんため木曾に入り、しばらく黒沢口三合半、日ノ出滝の宿(当時ここが人の住む最高所)に籠って、裾山を緑に染め、七八合以上残雪に輝く、長城のような御山を仰ぎつつ、画作に従事していた。ところである日、雨に出足を止められた私が、炉ばたで宿の人たちと話していると、下の山村の屋敷野から仕事にきていた中老の石工さん(これは例の、この山に多い霊神碑をきざむので)が、出来かけの私の絵を見て、――ホウ種蒔き爺さんがよう出とる……と言い出した。

私はびっくりした、そんな事は少しも知らず、ただ忠実に描いただけなのに、と意外の感がしたけれど、同時にそれほど土地の人々の関心をひく爺さんに、うれしい感動を覚えた。私は天気がよくなるや、早速彼に教えを乞うた。彼は晴れたお山を指して、くわしく説明してくれたので、私は初めて納得がゆき、思いがけない収穫に驚喜したわけである。

それによると、頂上劔ガ峯の直下、白雪の間に暗色を点ずる山皺の、やや南よりの一つが、爺さんの形をなすものであった。