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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

(※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)図参照)私はそれまで、そうとも知らずに描いていたのだが、そう言われて見ると、なるほど、小笠を頂いた老翁が、頂上の方に向ってやや前かがみに立ち、腰の辺に大きな袋をさげた姿……そうも見えてくるのが面白い。その人の、「袋」ということに力点を置いている話ぶりが、私の耳に残ったが、袋の中味は外ならぬ種籾であって、その袋をさげているところにこそ、まさしく種蒔きの種蒔きたる所以がこめられているわけであろう。

木曾御岳の種蒔き爺さんの挿図

しかし当時はすでに周囲の雪が大分とけて、爺さんの姿も崩れかけ、そこへ又新雪が来たりしてボヤけてもいる際であって、毎年五月の初旬、そのあらわれ始めの頃は、ハッキリといかにも生き生きして見えるということだ。

これがその年の種蒔きの時機の、確かな目安であって、その頃、即ち八十八夜の前後になると、麓のお百姓たちは、(おそらく御山を拝んだ手を額にかざして――その様子が想いやられる)、「さァ爺っさの姿が見えだしたで、そろそろ種をおろしてもよからずい……」などと、そこにあの春の農耕の一所懸命な営みが、競って始められるのだ、そういうような話も聞かせてくれた。