轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页
二 白馬岳の代馬
しかし何ぶん遠くからの仰望とちがい、近くからの俯瞰では事情がちがいすぎ、かつ雪という協力者が働かないので、果してどの辺が爺さんの頭やら、胴体やら、また袋やら、一こう要領を得ることは出来なかった。幽霊ならぬ幻像の正体は、枯尾花ほどもハッキリとはわからない。
二 白馬岳の代馬
白馬岳という名が、新鮮な響きで聞え始めたのは、明治の三十年代で、日本アルプスの探検時代でも比較的古く、登山も植物学者、地学者をはじめ、一般趣味人を加えて、信仰の山以外では、むしろ早い方に属する。それで山名の由来も、白い馬ではなく、代掻き馬の形が出るところから起ったことも、熱心な山党仲間には、早くから知られていた。
ところが、その「代馬」の本体や所在は、大正、昭和と登山の盛期を迎えても、いや最近に至るまで、まるで知られていなかったというのは、どういうわけか、実に不審千万と言わねばなるまい。ただ最初は登山が夏に限られ、雪形出現とは時期がズレていたせいとも言えよう。しかし後にはいわゆる早期登山も行われ、ついには四季を選ばぬこととなっても、それでも「代馬」はなお人に知られずに現われては消えていたのだ。