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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

それは馬についてではなく、「種まき爺」が四谷から見えるなどと嘘を書くのはけしからん――というのだった。私もちょっと驚いたが、よく読んでみると、「種まき爺」をいきなり例の祖父ガ岳のと思い込んでの話であった。私は詳細にそうでないことを説明した返事を送ったが、考えてみれば無理もない。蓮華乗鞍の「種まき爺さん」は、「代馬」捜しの副産物の形で、偶然私の耳目に触れたもので、代馬以上に人に知られていない、いわば新顔なのだから。あの文章が短い上に、主題が代馬で、種まき爺さんについては、くわしい説明の余地がなかったための誤解だった。

ともあれこの種の事柄は、通り一ぺんの旅人の耳目には入り難いものであることは、私自身の経験からよくわかるのである。前出の木曾御岳の「種蒔き爺さん」は、偶然手に入った収穫で、発掘というにはやや当らないが、代馬の方は捜し求めた結果だから発掘と言ってもよかろう。どちらも嬉しいが、そこにおのずと差違もある。前のは不意に雷のように宝に打たれて、後からそれをかみ砕くところに味があり、後のは探り求める道程に苦しみも楽しみもあって、最後に獲た宝にそれが昇華する。