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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

少ししも手に、諸方から小流れになってたぎり落ちる湯をうけて、怪しげな湯壺が二つばかり、少し間をおいて掘ってあった。いずれも小さくて浅いので、手を加えてから、片方に助七がはいり、一方に私がはいることにする。

仙人の湯の挿図

雨のひまを見て、小屋に着物を脱ぎ捨てて行く。湯ぶねは、岩塊と沙泥で無雑作に築かれ、硫黄の華が、塗ったように厚くついている。岩沙を少し掻い出して、一方の大きな花崗岩塊に頭をもたせ、湯ぶねいっぱいに身を延ばすと、ちょうど工合よく貴い湯に包まれる。温度はすこしぬるめだが、そのままじっと、仰のけに身を浸しているうちに、全身の毛孔の一つ一つから、しずかにしかも鮮かに、湯のしみとおって来るのが感じられて、こころよい。一度むらむらと湧き乱れたよどみは又落ちついて、そっとからだの上をおおっている。

からだは湯にまかせたまま、眼を外界に遊ばせる。近くの岩のはざ間から噴きあげる白烟の中に、山の端にしげる岳樺などが、影絵となって写ったり消えたり、揺れたり動いたりする。谷の向う岸、古めかしい幾条の縦谷をうがった仙人山の大傾斜には、樺や榛の老木をめぐって、雲の群れが長い裳裾をさばきつつ、手をつなぎ、袖をひるがえし、散りつ、もつれつ、舞い歩く。