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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
ただ記録以前にあっては話し手の空想がわずかずつ働いて、始終輪廓が固定しなかったというのみである。
例えば浄瑠璃の「十二段草子」は、ほとんと『義経記』と同じころに今の形が整うたものかと思うのに同じ話がもう別様に語り伝えられ、志賀の辛崎明神を志賀寺の上人すなわち八十三歳で貴女に恋慕したという珍しい老僧の後日譚にしてしまった。その時京極の御息所は年十七、上人三たびその御手をとってわが胸に押し当てたので、すなわち懐胎なされたというのは、同じ近江国手孕村の古伝の混淆であるが、やはりまた荒乳の山中にして産の紐を解きたもうといい、取上げたる若子は面は六つ御手は十二ある異相の産児にして、ただちに都率天に昇り住したまい、のちに越前敦賀に降ってけいたい菩薩と顕れ、北陸道を守護したもうなどと、大変なでたらめをいっている。もちろんこの通りの話が一度でも土地に行われていたわけではなく、単に愛発の関が上古以来、北国往還の衝にあったために、他の辺土に比べてはこの口碑が一層弘く、かつ一層不精確に流布したことを、推定せしめるに過ぎぬのである。山姥が坂田公時の母であり、これを山中に養育したという話が、特に相州足柄の山に属することになったのも、また全然同じ事情からであろうと思う。