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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
七 町にも不思議なる迷子ありしこと
その山の神様はもとより神官の説くがごとき、大山祇命ではなかったのである。狼を山神の姿と見た言い伝えも多いが、猿はその一段の人間らしさから、かつては信仰の対象となっていた証拠もいろいろある。中世なんらか特別の理由があって、その地位は動揺したものらしい。その歴史を今少し考えて見ない以上、多くの昔話の意味がはっきりとせぬのも、やむをえざる次第である。
七 町にも不思議なる迷子ありしこと
北国筋の或る大都会などは、ことに迷子というものが多かった。二十年ほど前までは、冬になると一晩としていわゆる鉦太鼓の音を聞かぬ晩はないくらいであったという。山が近くて天狗の多い土地だから、と説明せられていたようである。
東京でも以前はよく子供がいなくなった。この場合には町内の衆が、各一個の提灯を携えて集まり来たり、夜どおし大声で喚んで歩くのが、義理でもありまた慣例でもあった。関東では一般に、まい子のまい子の何松やいと繰り返すのが普通であったが、上方辺では「かやせ、もどせ」と、ややゆるりとした悲しい声で唱えてあるいた。子供にもせよ紛失したものを尋ねるのに、鉦太鼓でさがすというはじつは変なことだが、それは本来捜索ではなくして、奪還であったから仕方がない。