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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
一九 山の神を女性とする例多きこと
つまりは児を授けられるというのは優れた児を得るを意味し、申し児というのは子のない親ばかりの願いではなかったのである。そうして山姥のごとき境遇に入ってでも、なお金太郎のごとき子を欲しがった社会が、かつて古い時代には確かにあったことを、今はすでに人が忘れているのである。
一九 山の神を女性とする例多きこと
人の女房を山の神という理由としては、いろはの中ではヤマの上がオクだからなどと馬鹿げた説明はすでに多い。或いは里神楽の山の神の舞に、杓子を手に持って出て舞うからというなどは、もっともらしいがやや循環論法の嫌いがある。何の故に山の神たる者がかくのごとく、人間の家刀自の必ず持つべきものを、手草にとって舞うことにはなったのか。それがまず決すべき問題だといわねばならぬ。杓子はなるほど山中の産物であって、最も敬虔に山神に奉仕する者が、これを製して平野に持ち下る習いではあったが、ただそれのみでは神自らこれを重んじ、また多くの社においてこれを信徒に頒与するまでの理由にはならぬ。岐阜県の或る地方では以前は山の神の産衣と称して長さの六七尺もある一つ身の着物を献上する風があったというが、今はいかがであろうか。