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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

八 今も少年の往々にして神に隠さるること

武州小川の大塚梧堂君の話では、夜道怪は見た者はないけれども、蓬髪弊衣の垢じみた人が、大きな荷物を背負うてあるくのを、まるで夜道怪のようだと土地ではいうから、大方そんな風態の者だろうとのことである。実際高野聖は行商か片商売で、いつも強力同様に何もかも背負うてあるいた。そうして夕方には村の辻に立って、ヤドウカと大きな声でわめき、誰も宿を貸しましょと言わぬ場合には、また次の村に向って去った。旅に摺れて掛引が多く、その上おりおりは法力を笠に着て、善人たちを脅かした故に、「高野聖に宿かすな、娘取られて恥かくな」などという、諺までもできたのである。だんだんこんな者が村に来なくなってから、単に子供を嚇す想像上の害敵となって永く残りその子供がまた成人して行くうちに、次第に新しい妖怪の一種にこれを算えるに至ったのは注意すべき現象だと思う。我々日本人の精神生活の進化には、こういう村里の隠し神のようなものまでが、取り残されていることはできなかったのである。

八 今も少年の往々にして神に隠さるること

先頃も六つとかになる女の児が、神奈川県の横須賀から汽車に乗ってきて、東京駅の附近をうろついており、警察の手に保護せられた。