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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

算えた数字でないことはもとよりの話だが、この点はすこぶる足柄山の金太郎などと、思想変化の方向を異にしているように思われる。いわゆる大山祇命の附会が企てられた以前、山神の信仰には既に若干の混乱があった。木樵・猟人がおのおのその道によって拝んだほかに、野を耕す村人等は、春は山の神里に下って田の神となり、秋過ぎて再び山に還りたもうと信じて、農作の前後に二度の祭を営むようになった。伊賀地方の鉤曳の神事を始めとし、神を誘い下す珍しい慣習は多いのであるが、九州一帯ではこれに対して山ワロ・河ワロの俗伝が行われている。中国以東の川童が淵池ごとに孤居するに反して、九州でミズシンまたはガアラッパと称する者は、常に群をなして住んでいた。そうして冬に近づく時それがことごとく水の畔を去って、山に還って山童となると考えられ、夏はまた低地に降りくること、山の神田の神の出入と同じであった。紀州熊野の山中においてカシャンボと称する霊物も、ほぼこれに類する習性を認められている。寂寥たる樹林の底に働く人々が、わが心と描き出す幻の影にも、やはり父祖以来の約束があり、土地に根をさした歴史があって、万人おのずから相似たる遭遇をする故に、かりに境を出るとたちまち笑われるほどのはかない実験でもなお信仰を支持するの力があった。