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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

おそらくは中央文化の或る段階において、民間の風習を採用して国技とせられたらしいことは、力士の諸国から貢進せられたのを見てもわかる。すなわちいわゆる田舎相撲の方が起原においては一つ前である。佐渡では今も村々を代表する選手があり名乗を世襲し、会津の新宮権現でも、祭の日には村々の名を帯びた力士が出て、勝った村ではその年は仕合せ好しと信ぜられたこと、歩射馬駆けなども同じであった。すなわち祈願祈祷を専らとし怪力を神授と考え、部落互いに技を競うほかに、常に運勢の強弱とも言うべきものを認めていたのは、背後に大いに頼むところの氏神、里の神の御威光があったためで、しかも彼らは信心の未熟によってこれを傷けんことを畏れていたのである。時代がようやく進んで全民族の宗教はいよいよ統一し、小区域の敵愾心などは意味もないものになったが、それでも古い名残は今だって少しは認められる。いわんや土地ごとに守り神を別にし、家門にはそれぞれの信仰があった際である。豊後の日田の鬼太夫の系図が、連綿として数百年に及ぶがごとく力の筋を神の筋に帰し、これをもって郷党の信望を繋ぎまたは集注せしめた者が、すなわち神人であったものかと思われる。